ブランド品は女の自我を保つための道具にすぎない?恵比寿で目の当たりにした東京マダムの汚さ。

 私は、社会人になって東京で暮らし始めた身だ。
その身で直面した東京という街は、決して生温くない場所だと日々痛感している。

羨望、嫉妬、憎悪、自負心がぶつかり合う冷たい街。

だけど、一度味わったらなかなか抜け出せない不思議な力と温かさを秘めている。

 

東京の街に出て来ました

あい変わらずわけの解らない事言ってます

ー東京/くるり

今ならこの歌詞の意味が、何となく分かるような気がする。

この「東京という街」というカテゴリは、社会人になってから東京で一人暮らしを始めた私が、この街の様々な場所にまつわることを<実体験に基づいて>本心でつらつら書いていく。

 

前回は、池袋のタワーマンションパーティーにやたら誘ってくる男の話について書いた。
今回は、私が恵比寿で目の当たりにした東京マダムの汚さについて書いていこうと思う。

 

 

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どうも、迂回 優椎です。

私は月に1度、東京やその近郊に住んでいる仲の良い高校時代の友人たちと集まる日を設けるように意識している。
この日も私たちは、恵比寿にマーサ カフェ ダンロで優雅にティータイムと談笑を楽しんでいた。

 

 

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私は果物こそ食べられないが、スイーツ自体はとても好きだ。
好きなスイーツの一つにブリュレが入るのだが、ここのトリュフブリュレが過去最高においしいものだったと、このブログを書きながらニヤニヤしている。
ブリュレの甘さとトリュフ特有の独特な香りがマッチしていて、一口一口大事に食してきた。

 

 

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友人たちもそれぞれ注文したスイーツを楽しみながら「私たちは本当に結婚できるのだろうか?」なんて、20代前半だからこそ言えるフワッとした話題で小1時間ほど盛り上がった。
そんな私たちの真横に座っていたのは、恐らく30代半ば~後半ぐらいであろう“東京マダム”たち。
私たちが席についた頃、既に彼女たちのコーヒーカップの中身は空っぽだったので、相当長居しているんだろうなと勝手に推測していた。

何の話をしていたか、正直分からないし興味もない。
しかし、お会計のタイミングがたまたまそのマダムたちと被り、彼女たちから繰り広げられる会話に友人たちと一緒に少し引いてしまったのである。

 

マダム1「え~待って!その財布シャネルじゃない!」
マダム2「そうなの!可愛いでしょ?」
マダム3「うんうん、すごく可愛い!でも△△さんの財布もセリーヌで素敵ね~」
マダム1「でしょ~?◇◇さんもエルメスのシンプルなお財布でイイじゃない!」
マダム3「このくらいシンプルなのがやっぱり良いかなって思って~!」

 

あぁ、東京のイヤな部分を見た。
何となく、そんな気持ちになってしまった。
財布を見て一発でブランドが分かるって、なかなかすごいなあと思いながらそそくさとお会計を済ませて店を後にした。

 

友人1「あの人たちの口から出てくる財布のブランド名、全部知ってるものばっかだったね」
友人2「あの人たち働いているのかな?何かそんな感じに見えなかった」
私「何ていうか…謙虚さみたいなのが感じられないというか…。むしろ“ブランドの財布を持っている私に気づいてくれてありがとう!”という気持ちすらうっすら見えた感じ。もし仮に結婚しているとしたら、旦那さんは有名な代理店とか商社とか弁護士とかそういう仕事していそう。私たちには一生、縁がなさそうな世界で生きているよねきっと」
友人2「うん、絶対私たちそういう人と結婚しない気がする」
友人1「確かにぃ…」
私・友人1・友人2「……」(無言で恵比寿駅まで歩く)

 

私から見た東京という街は、偉大な人たちが作ったブランドを持つことが<ステータス>と化しているのかなと思う。
ココ・シャネルやセリーヌ・ヴィピアナ、ティエリー・エルメスといった創業者たちがこんな現実を目にしたら、何を思うのだろうか。

 

美しさは女性の「武器」であり、

装いは「知恵」であり、

謙虚さは「エレガント」である。

ーココ・シャネル

 

今の東京に住んでいる人たちには「知恵」が足りない人と「エレガント」が足りない人の2パターンに分けられるのではないだろうか。
ココ・シャネルのこんな名言をふと思い出し、恵比寿で目の当たりにした東京マダムの“汚さ”を改めて考え直して思ったことだ。

ブランドものを身につけたところで“自分に似合わせる知恵”がなければただの宝の持ち腐れになるし、ブランドものを持っていることをどういう形であれ自慢するようなら“エレガントさとは無縁”と言えるだろう。
恵比寿で遭遇した東京マダムたちに足りないものは、圧倒的に後者だ。
そして、東京という街そのもの自体にも、ココ・シャネルが放った<謙虚さは「エレガント」である>というものが圧倒的に足りない。

「知恵」が足りない人は、はっきり言ってまだ良いと思う。
これがない人は勝手に東京という街から脱落していくだけの話だ。(多分)
しかし「エレガント」が足りないのは、少々厄介なものである。

不思議なもので、人間は謙虚を失った瞬間と同時に今まで持っていた“大切な何か”も一緒に失ってしまうのだ。
そうすると、一気に見栄・自慢の世界へと踏み入れてしまう。
そして一度そこにハマったら、なかなか抜け出すことができない。
東京の嫌な汚さに溺れてそのまま死んでいくだけだ。

恵比寿にいた東京マダムたちは、もしかしたら私みたいに上京をしてきた人たちかもしれない。
或いは、本当にそれが当たり前になっている世界で生きてきた生粋の東京人か。

「武器」と「知恵」を身につけて分、どこか「エレガント」に欠けている街、東京。
私は、どんなに高いブランド品を身につけたり裕福な生活を送るような女になっても、東京がどこかに忘れてきた「エレガント」を持ち続けて、この街で可能な限り生きていこうと、恵比寿から乗った山手線内で強く誓うのであった。

 

 

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実は恵比寿に行く前、築地で海鮮丼を食べてきた。
まるきた2号店の前に立っていたお兄さんの勢いに気を良くして、中トロ・うに丼を注文。
お兄さんがサービスしてくれたおかげで少しだけ大盛りにしてもらった。
おすすめの場所なので是非とも行って欲しい。

 

 

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